発病の経過と症状
発病は16才の時。ご本人は「人間関係または学校生活による精神的ストレスが原因である」と考えておられた。運動後や食事の前後あるいは外出時などで悪化するとのことである。あげればきりのないほどの症状を訴えておられた。あまりにも多いので一部だけを紹介するにとどめる。
「恐怖感が異常に強い、パニック障害、めまい、ふわふわする、いつも眠い、頭がボーっとする、肩・首が異常に凝る、息苦しい、非常に疲れやすい、不眠症、動悸、のぼせ、胃が苦しくて呼吸が出来ない、不安感」などであった。
弁証
・八綱弁証:裏証で、虚実挟雑証で、熱証で、総合的には陽証。気に強い虚が起こっているが冷たい飲み物を約2リットル程度飲んでいること、胃酸の分泌が過剰に起こっていることから、虚実挟雑証と判断した。
・気血弁証:「疲れやすい・元気が出ない・食慾がない」ことから脾気虚証と判断される。
・五臓弁証:「強い恐怖感・怒りが強い・ヒステリックになる・胃酸の過剰な分泌」などの症状があることから、「心」と「肝」と「胃」に強い興奮が起こっていことがわかった。三つの臓器に病位があると判断した。
・病理的産物弁証:「動悸・めまい・立ちくらみ・乗り物酔いの四つの症状から、痰飲証があり、全身的にむくむと言う症状から水湿証があることがわかった。水滞証が強く出ている。
・病邪弁証:「身体に熱感を感じる・冷たい飲み物を異常に飲んでいる」ことから熱邪に侵されていることは容易に理解された。また、水滞証を起こしていることから湿邪の存在があることがわかる。以上から、この方の病邪は熱邪と湿邪であると判断して良いと思う。
病名
この方は熱邪と湿邪に侵襲されていて、心と肝と胃に強い興奮が起こっていることがわかる。このような病態を「湿熱証」と言う。湿熱証に対応する処方を選んだ。
経過
1ヵ月後の経過:最近になってだいぶ症状がなくなってきた。椅子に座っているときに出てくるふわふわ・ふらふら感は出なくなった。たヾ、そのほかの症状は強く出ている。
3ヵ月後の経過:状態は日に、日に改善してきているのが実感できる。人ごみや映画館あるいは電車の中は大丈夫になった。短期間にこゝまで良くなって、正直、驚いている。
5ヶ月後の経過:一時、飲食の不節があって、体調が悪化した。しかし、食養生を再開してから、体調がもとのよい状態に戻りつつある。
10ヶ月後の経過:不快な症状はほとんど消えた。あえて言えば、熟睡できていない。完治まであと一息のところだと思う。
考察
この方の場合、精神的緊張を強めて学校生活を送っていたことから、精神的緊張が熱邪になったと思われる。その熱邪が身体に不要な熱を発生させてしまったために、冷たい飲み物を異常に好むようになってしまったようである。この冷たい飲み物が湿邪に転化してしまって、湿邪によるさまざまな体調不良を引き出したと言う例である。
湿邪に侵襲された病態を日本では「水毒証」と言っているが、この病態は「飲んでいる水分があたかも毒のように体を痛めつける病気」である。経験上、湿邪に侵されたときには高次レベル(大脳新皮質系)の精神神経症状が引き出されることが多いと思う。この方は現在12ヶ月目を服用中であるが、不快な症状はほとんど出ることがなくなっている。